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越前海岸からの版画ゆうびん 第5回

―まるで天空から眺める森

私の住む海辺の集落である、小丹生(こにゅう)町では海まで徒歩で行けるため、自宅で水着に着替えてそのまま海水浴ができます。とはいってもこの辺りの人たちは、海水浴をするという目的だけで海に行くことはほぼありません。冬場は岩海苔、春はワカメ、夏場はサザエやアワビといったように、何かしらの食材を得る目的で海に向かいます。ただし、地元の漁業権を得た人しかそれらを獲ることは許されません。私たち家族も移住したばかりの頃は、魚釣りや磯遊び以外で海に入ることは制限されていました。住んでから3年以上たち、今では町民として地元の人から信頼を得て漁業権も獲得。地元の海の知識などアドバイスもいただきながら、主人と息子は時間と天候や波の条件が許せば、海に潜ってサザエを獲ったりします。

私はまだまだ何かを捕まえるようなことはできませんが、夏には時々海に潜ります。特にこの周辺の海岸は砂浜がほとんど無い岩場の多い地形で、潜ると藻が生い茂り、たくさんの小魚や貝などの生き物たちが、そこここでさまざまな表情を見せてくれます。

海の中は、大きな岩が海底にダイナミックな凹凸を作り、山あり谷ありの複雑な地形になっています。その岩々に海藻が生い茂っていて、泳ぎながら下を見るとそれがまるで天空から眺める森のようです。初めて潜った時は、鳥になった心地で感動しました。

よく見れば海の中の生き物にもいろいろな種類があり、海辺の暮らしに縁がなかった身としては魚や貝、海藻にしても、ほとんど全てのものが初めて出会うものばかり。子どもよりも興奮して図鑑とにらめっこして楽しんでいます。

少し潜っただけでも感じたことですが、海と山が近く岩場の多いこの越前海岸の海は独特の生態系を持ち、長年良質で数多くの恵みを住民にもたらし続けてくれてきたようです。けれども地元の漁業関係者からは、海藻や魚介類が近年は少なくなっているという声もよく耳にします。海岸に浮かぶように海から顔を出している小さな岩一つ一つが名前を持ち、誰かの大切な漁場であり、守り継がれてきたそうです。この越前海岸を、受け継ぐ次の世代が少なくなっている今、ここに住む私たちに何ができるかは大きな課題です。

暑さの真っただ中にいると、いつまでも終わらないように感じる夏ですが、お盆を過ぎると海水温も下がり、クラゲが出てきたりするので、ひと夏に泳げる日はほんの数回。そう思うとできる限り海に潜りたいと思うのですが、子どもたちが平日も休日も無関係に家にいる夏休みは、主婦業も大忙し。なかなかゆったりのんびりとはいかないのが現実です。

※この記事は、2023年8月10日に掲載された日刊県民福井の連載「越前海岸からの版画ゆうびん第5回」の原文です。

この記事を書いた人

版画ゆうびん舎 おさのなおこ

2019年末頃、東京都町田市からIターンで移住。
版画ゆうびん舎を運営し、版画作品、版画を使った日用品・デザイン等を制作し、地域に開かれた版画教室を主催。2019年~2022年は、越廼・国見地区の地域おこし協力隊に就任し、ガラス作家で隊長の長谷川らと共に、古民家「はりいしゃ」でアート関連事業を数多く手掛ける。